5/07/2013

機械工学科でマイクロ・ナノテクノロジーを扱う意義

前回の記事「これからの機械工学科に期待すること」で、機械工学科でマイクロ・ナノテクノロジーを扱うことについて少しだけ触れた。今回はこの点について掘り下げて考えてみたい。

そもそもなぜ、機械工学科でマイクロ・ナノテクノロジーを扱うようになったのかについて考えたい。

前回の記事の通り、現在の機械工学科は主に4力学(機械力学、材料力学、熱力学、流体力学)とその他設計、生産、制御などの分野で成り立っている。例えば材料力学について考えてみる。機械工学科にとっては、鉄や合金などの強度、耐久性を如何にして上げるかがひとつの課題だった。専用の機械を使って、金属棒の引っ張りながらどの程度の力まで耐えられるのか、どの程度ひずみが生じるのかを調べたりするのが機械工学科のオーソドックスな材料力学である。機械工学科は基本的にはマクロな物の見方をするが、材料のマクロな特性は早い段階で調べ尽くしてしまった。そうなると、原子欠陥が金属の強度にどのくらい影響するかといったミクロな面に注目が移っていったのではないかと考えられる。

このような動きは材料力学に限った話ではない。熱力学は統計力学的にマクロなスケールで考えることもできるが、原子スケールのエネルギー輸送(フォノン、フォトン、エレクトロン)を研究している人もいる。流体の挙動はスケールが小さくなると粘性の影響が大きくなるなど、マクロとは違った物理がマイクロスケールには存在する。また、MEMSと呼ばれる微小電気機械システムを扱う研究室も機械工学科には多数存在する。このように、4力学の分野も次第にマイクロ・ナノの領域を扱うようになり、マクロ(連続体)とは違った物理を勉強する必要があることが分かる。

機械工学科が伝統的な機械工学以外の分野(マイクロ・ナノ)を扱うことになると、どこまでが機械工学科なのかよくわからなくなる。これまでマイクロとナノを同列で捉えてきたが、実際にはマイクロとナノはベースになっている考え方が全く異なる。1マイクロメートルとは髪の毛の太さの1/100程度ん大きさであり、機械工学的な視点からみることができる世界である。例えばMEMSはMicro Electromechanical Systemsの略であるが、機械工学科がMEMSを扱うのはマクロな機械工学がマイクロスケールでも通用するためである。ちなみになぜ機械を微小にする必要があるかというと、小さいものは微小な外力でも瞬時に反応するので非常に高性能なセンサとして機能するからだ。自動車が衝撃を受けてからエアバッグを開くまでの時間はまばたき1回の時間より速いと言われているが、これはMEMS加速度センサの高速応答性によるものである。

ただし、構造がナノスケールになると話が変わってくる。原子の大きさはだいたい0.1-1ナノメートル程度であり、ナノスケールではマイクロスケールの構造にはなかった現象が数多く存在する。例えば電子が非常に狭い領域に閉じ込められると物質の電子密度が変わるとか、ナノスケールの領域にのみ発生する光の場があったりする。そういったことを捉えようとすると量子力学・固体物理・電磁気といった原子スケールの物理を学ぶ必要が出てくる。もし機械工学がマイクロ領域を調べつくしたらナノ領域に移行するかというと、それほど話は簡単ではない。もしナノの物理を扱う学生がいたら、機械的に物事を考えるよりもミクロな体系の物理を一から勉強することをおすすめしたい。

MEMSは電子工学科でも研究されている。大抵のMEMSは半導体を作るプロセスと同じなので、半導体に詳しい電子工学科のほうがMEMSを扱いやすいのではないかと思う。これが学際領域というべきなのかよく分からないが、機械工学科のMEMSと電子工学科のMEMSにどのような違いがあるかと訊かれると答えるのは難しい。個人的にはMEMSは手段であって解決する課題が機械と電子工学科で異なるのではないかと考えている。電子工学科の方が既存の電子デバイス(ディスプレイやトランジスタ)を補助するための一つの方法としてMEMSを捉えているように感じる。機械工学科は元々半導体のバックグラウンドがないため、もっと機械的なアプリケーションを考えていると思う。例えば電子工学科が光MEMSやRFデバイスを扱うとすれば、機械工学科はマイクロ流路やパワーMEMS(マイクロガスタービンなど)を扱うといった違いがある。ただ、電気と機械の両方の学生を受け持つ先生もいたりするので線引きは難しい。

マイクロ・ナノ領域に対して機械工学科はどの程度結果を出しているのだろうか。MEMSに関しては電気工学科に出せない価値を見出していると思う。例えばマイクロ流路はバイオとの相性がよく、細胞操作に利用することができる。

MEMS マイクロ流体デバイス   東京大学 竹内研究室
http://www.hybrid.iis.u-tokyo.ac.jp/research/microfluidics

The Liwei Lin Lab
http://linlab.me.berkeley.edu/research/

ナノ領域を機械工学科が扱うのは難しい。その上、材料力学などは材料学科が既に微視的な考察をしているので、あまり研究する余地がない。ナノスケールの熱輸送に関しては機械工学科が最も貢献しているのではないかと思う。固体物理に関しては物理や材料を専門的に勉強する人の方が詳しいと思うが、なぜか彼らは熱というトピックを扱わなかったので機械工学科が主として取り組むことになった。この分野で(現在)有名な教授といえばMITのGang Chen教授、BerkeleyのMajumdar教授、StanfordのGoodson教授などがいる。ちなみに彼らは皆、機械工学科の教授である。

例えばGang Chen研のページをみてみると、機械工学科という雰囲気があまりしない。

MIT NanoEngineering Group
http://web.mit.edu/nanoengineering/

フォノンやthermoelectricsを研究するのは良いとして、transformation optics (透明マントなど)をなぜやっているのかよくわからない。熱電変換をやるのはわかるが、太陽電池を機械工学科でやるべきなのか。アメリカの機械工学科はナノテクノロジーを精力的に研究しているというか、既存の機械工学科という枠にとらわれず新しい分野にも積極的に取り組んでいる。これは新しいもの好きなアメリカの文化なのか、それとも機械産業が衰退して従来の機械工学的な研究にお金が行かなくなったのか、詳しいところはよくわからない。だが、新しい分野を積極的に切り拓いていこうという姿勢は素晴らしい。

従来の機械工学科ではありえなかったような分野の一例として、MITのNicholas Fang教授を取り上げてみる。

Professor Nicholas Fang's Research Group @ MIT
http://web.mit.edu/nanophotonics/index.htm

Fang教授は物理学科出身で、学生時代に行ったスーパーレンズによるリソグラフィーが評価されてMITに採用された。現在はテニュアトラック中である。Fang教授の変わっているところは、彼が4力学のどれも扱っていないということだろう。Acoustic metamaterialは弾性波の延長と考えれば機械工学と言えないこともないが、物理と言ったほうが違和感がない。機械工学がこのようにナノの領域にまで分野を広げることは、アメリカでは行われていても日本で広がるかどうかは分からない。

今は過渡期なのだろう。新しい分野が出来ては消えていき、試行錯誤を繰り返し新しい機械工学の価値を築くために必要なのだろう。そのフェーズでは色々な試みがなされ、それが生き残ればひとつの分野として確立されるし、失敗すれば消えていく。ある意味何やっても許されるが、新しいことをやったとして就職先がなかったり分野が消えれば学んだことも十分に生かせないかもしれない。機械工学科でナノを扱う人は新しいことに挑戦しているわけだが、同時にリスクも抱えていることを肝に銘じないといけない。


このエントリは自分の現在の研究分野(とその周辺)に対する考察であり、自分に対する批判でもある。機械工学科で(バイオとフォノン以外の)ナノ物理を扱う人間として、これからどういった価値を作ることができるのか。作ることができればアカデミアに生き残ることができるし、できなければ消えるしかないだろう。もう少し思考が進んだらまた記事にしてみたい。

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