6/27/2011

日米の博士課程におけるキャリアの積み上げ方の違い


米国大学院学生会のニュースレターに東工大助教の坂本さんが寄稿している.その中にある「米国大学院の利点」が良くまとまっていて素晴らしいので紹介したい.



  1. 米国の大学院は、極めて質の高い講義を提供している。講義についていくのは大変だったが、自分の研究分野以外も含む広い専門知識が体系的に学べ、様々なバックグラウンドを持つ教員・学生と議論する経験が得られた。
  2. 優れた研究環境があった。設備も良かったが、それ以上に教員の質が高く、また集まっている学生も皆モチベーションが高いので、彼らとの議論を通して自分の知識・思考力を引き上げてもらえた。議論を推奨する文化があるのも素晴らしかった。米国の大学は、モノよりむしろ「人」に投資していると感じた。
  3. 米国人だけではなく、様々な国から来た学生・研究者たちと一緒に仕事をすることで、異文化の中でも仕事ができる自信がついた。相手の文化的背景をある程度察してコミュニケーションが取れるようになったと思う。それは、自分自身が米国でマイノリティーとして差別を受けることがあり、そこで食い下がった経験から得た技能に他ならないと思う。
  4. 英語で論文を書く、発表する、議論をすることが容易になり、扱える情報が一気に増えた。
  5. 世界に広がる知り合いのネットワークができた。現在では国際会議に行けば、同窓の研究者たちと飲みに行くし、友人が米国だけではなく様々な国で活躍を始めている。そしてそれ以上に、留学先で出会った日本人たちとの強固なネットワークができたことが素晴らしい。自分と同じような問題意識を持って日本から飛び出した元気な人たちと仲間でいられることは、本当に幸せである。
  6. 最後に、以上のすべてを、学費免除で、さらに生活に十分な(わずかに貯金もできる)月々の給料を受け取りながら享受できた。給料をもらうことで、自分は研究のプロフェッショナルである、というプライドとプレッシャーを持ちながら学生生活が過ごせた。また米国の大学は一般に、研究の支援体制やレクリエーション施設がたいへん充実しており、容易に文献が探せる図書館と、気軽に運動ができるジムは、(学費を払っていないにも関わらず)学生証を持っている利点を活かして大いに利用させてもらった

かけはし2011年6月号4ページより抜粋



これらのメリットには自分も同意する.というか,留学はまだしていないけどこういうメリットがあるから留学を志望している.でも留学のデメリットというか日本で博士号を取ったほうが良い場合もあるので今回はそれについて考えたい.


今の自分の悩みは「アメリカで研究者としてのキャリアを積み上げることができるか」ということだ.自分の周りには日本の大学で博士課程に行こうとしている人が何人もいるが,大抵は修士課程と同じ研究室に行くことを考えている.日本の場合,修士号取得後3年で博士号を取得できる.また,研究室が修士の時と同じ場合は修士の研究テーマを更に掘り下げて研究ができるので,大きな成果が期待できる.もし自分が修士卒でアメリカに行った場合,アメリカの大学では修士からやり直しとなる(アメリカの大学ははドクターコースの最初の2年で勉強して試験をパスしたら研究活動に専念できる仕組みなので).すると,卒業は5,6年かかるので周囲の日本の博士課程に進学する人より更に3年半かかることになる.自分のように研究者の道を考えているのであれば,研究活動をしていることにはかわりないので卒業が遅れても大きな問題ではないと思う.しかし,日本企業に就職したいのであればこのロスは大きい(日本の企業に行きたいなら1年短期で留学するか,海外で修士号を取るという手が良いと思うが).海外の企業に就職であれば全く問題ないと思うが.

自分の一番の懸念は,留学先での研究内容が不確定ということだ.日本の場合は研究室が修士と同じであれば自分のやりたい研究をそのまま続けることが出来る.日本の大学で,修士と博士が別の研究室であっても,大学の博士課程は人員不足なのでアメリカの大学よりは入りやすいのではないだろうか.事前にコンタクトを取って学生を募集しているかどうか,自分のやりたいテーマが出来るかを聞いておけば計画も立てやすい.一方,アメリカの場合は大学によって基準が違うのだが,合格時に研究室が決まっている場合と,研究室が決まっていない場合がある.学費が研究費で賄われるリサーチアシスタント(RA)付きの合格であったとしても,研究室が決まっていない場合がある.詳しくは行きたい大学に所属している人に訊いて欲しいのだが,「事前にコンタクトをとり,合格が決定した時点で研究室が決まっていた」という話もあるし,「事前にコンタクト取ってエッセイにその先生の下で研究したいと書いて合格したのにその研究室には行けなかった」という話も聞いた.だから「どうしても俺はこれをやりたいんだ」という希望があるのなら日本の大学に確実に入るのが良いかもしれない.「最初に引用した利点が重要なのだから,アメリカの博士課程では研究能力を身につけ,自分のやりたい事はポスドクかテニュア・トラックでやれば良い」というのもアリだと思う.

自分は我が強いのでアメリカに留学したいけどできれば自分の希望する研究が出来ればいいなと思っている.しかし実際にはそれは難しいので,できるだけ選択肢に幅を持たせていくつかの研究室にコンタクトを取り,いくつかの大学にアプライする予定だ.こうなると先が全く予測できない.まぁ就活だってどの企業の内定取ってどこの部署に配属されるか不確定なんだから人生そんなものなのだろうが,着実に研究者としてのキャリアを積み上げたければ日本の大学に行くのもいいのかなと思う(とはいえ研究者という長い目で見れば博士課程の数年で研究人生が決まるわけではない.博士課程だけで比較するのには限界があると思う).

むしろその不確定な部分がプラスに働くこともある.アメリカの大学では学科が違っても教授がOKすればその教授のグループで研究できる.違う大学の研究室で研究したという話も聞いたことがある.Yale大学の是永教授は博士課程で指導教官を2回変えている(参考:是永さんの体験記).そういったフレキシブルさもアメリカの魅力であるし,こういうchallengingな人生が好きな人には良いと思う.

最近の自分はちょっと尻込みしすぎている.理由は留年したときのトラウマが残ってるのかもしれない.自分は自主的に大学2年生を2回やったのだが,その前と後で性格も,考え方も,話し方や声の出し方に至るまで大きく変わったと思う.昔はまさに「今日が楽しければ良い」という人間で「良さそうだなー」と思うものがあれば即決するような衝動的な行動が多々あった.留年に至ったのはその性格が悪い方向に働いたからで,その後は悔い改めてひたすら考え抜く人間になった.その結果,成績も良くなったし,留年前の短所をいくつか改善できたのだが,今は逆に勢いが無くなってしまっているように感じる.周りからは「そんなに悩まずにとりあえず留学しちゃえば良いのに」と何度も言われた.だけど自分の哲学はこういう意見となかなか交わらない.大前研一氏のこの言葉にむしろ共感する.

人の2倍考える人間は10倍の収入を得ることができる。3倍考える人間は、100倍稼ぐことができる。そして10倍考える人間は、時価総額1兆円企業の創業者になれる可能性もある。それが、今すでに始まっている新しい世界の法則なのだ。
http://twitter.com/#!/ohmaebot/status/82028839311638528

勢いだけなのも良くないし考え過ぎても体が硬くなってしまう.適度な臨機応変さが必要なのだろう.基本的には人生は積み重ねが必要だ.しかし,人生には自分が全く予測していなかった新しい道のようなものが突如見えてくることがある.それをチャンスと捉えるか,今まで来た道の邪魔と捉えるかは人次第だが,自分はそのチャンスが来るならば掴みたい.研鑽は怠ったり自分のポリシーがコロコロ変わるのは良くないが,道はひとつだけではない.自分の考えの及ばない所から新しいアイデアが降りてきたり,予測しないところから道がひらけたりするから人生は楽しいのだと思う.だからアメリカでどんな研究テーマをやるにしても,新しい道に行けるチャンスを掴んだら離さずに,適宜軌道修正しながら走って行きたい.


そろそろ現実逃避をやめて寝ます.

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